「禅」と「マインドフルネス」の違い!「瞑想」の効果とは?

「禅」と「マインドフルネス」の違い!「瞑想」の効果とは? メンタル疾患

 自分がメンタル疾患を経験して、『瞑想』という「キーワード」に巡り合い、実際に自分の生活にも瞑想を取り入れて、その効果を実感しているひとりです。

 そこで、このような疑問が出てきました。仏教的には『禅』、西洋的には『マインドフルネス』という言葉になるけど、何か違いがあるのだろか?

ハルくん
ハルくん

コロナ禍の中「禅」「マインドフルネス」に注目が集まってきているよ!

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禅とは

 禅は、大乗仏教の一派である禅宗の略、もしくは、サンスクリット語の ध्यानの音写、「禅那の略」です。また坐禅の略としての意もあります。

 禅宗は南インド出身で中国に渡った達磨僧を祖とし、坐禅を基本的な修行形態としています。

マインドフルネスとは

 マインドフルネス( mindfulness)は、現在において起こっている経験に注意を向ける心理的な過程であり、瞑想およびその他の訓練を通じて発達させることが出来るとされています。

 マインドフルネスの語義として、「今、この瞬間の体験に意図的に意識を向け、評価をせずに、とらわれのない状態で、ただ観ること」といった説明がなされることもあります。

『松山 大耕(まつやま・だいこう)』さんの講話より

 少し、勉強をして調べてみると次のようなお話がありましたので紹介してみます! 語り手は、『松山 大耕(まつやま・だいこう)』さんです。「なるほど!」と納得させられたお話でした。

 まずは、『ご利益(得:とく)』をあまりにも得ようと『執着』しすぎると、本来のあるべき目標がわからなくなってしまうということでした。

 禅語にも『知足(ちそく)』といって、「足るを知ること」。「自分の身分をわきまえて、むさぼりの心を起こさぬこと」という言葉があります。

 また、『三毒(さんどく)』といって、仏教において克服すべきものとされる、最も根本的な三つの煩悩。すなわち『貪・瞋・癡(とん・じん・ち)』を指し、煩悩を毒に例えた考え方があります。

  三毒は、「人間の諸悪・苦しみの根源」とされています。「貪(とん)」は、むさぼることで、貪欲に際限なくあれこれ欲することを指します。

ゲイン『ご利益(得:とく)』を求めてはいけない★

「マインドフルネス瞑想」とは?「座禅」とは?

おうちで坐禅 ~手ほどき編~ by 妙心寺退蔵院
YouTubeチャンネル【Taizo-in Zen Buddhist Temple】

 マインドフルネス(mindfulness)という語は、仏教における「念(サティ)」の英訳語で、「心にとどめておくこと」「気が付くこと」「注意すること」などと訳されます。

 『マインドフルネス瞑想』は、基本的には『坐禅』と同じようです。

 静かに座って、自分の呼吸に意識を集中させる。気が散って他のことを考え出したら、再び意識を呼吸に戻す。簡単に言えば、そういうことになります。

 仏教というのは、何らかの神を信じているのではありません。釈迦という人間が、悟りを得たということを信じているわけです。しかし、その悟りの中身は誰にもわからない。彼がどのような境地に達したのかは誰にもわからないのです。

 だから、それが何なのかを自分で知ろうというのが、仏教の修行者たちのそもそもの動機とされています。その先に何があるのかはわからない。でも何かがあると信じて、釈迦と同じように苦行を積んでみる。それが仏教や禅の本質なのです。

 つまり、こうやってトレーニングすれば「不安レベルが下がる」、「健康になる」ということは、もちろん結果としてはあったとしても、禅はそれを目的にはしていないというのです。釈迦の悟った中身は何なのかという、もっと超越したところへ意識を向けていると話されていました。

 そして、もし『悟る』ことができたとしても、それで満足して終わってはいけないと禅では考え、大切なのは、悟りを得たらその経験を世のために使っていくこと。禅の修行はあくまでもその手段にすぎないというのです。

 そういった意味では、自分の集中力を高めたり、幸福感を得たりすることが目的となっているマインドフルネスとは、考え方が根本的に異なるのですね。

 効果があるからやろうというのは、「ゲイン」の考え方になります。「マインドフル」になろうとすればするほど、自分への執着が強くなり、却って逆効果になることも多々あるとのこと。

 松山 大耕によれば、同じ『瞑想』でも、目的やその本質的な考え方は、全く異なるということでした。

松山 大耕(まつやま・だいこう)』
妙心寺退蔵院副住職。1978 年京都市生まれ。2003年東京大学大学院農学生命科学研究科修了。

まとめ

 『瞑想』『マインドフルネス』『座禅』など、理念などが異なるものの『今に心を向けていく』という手法は共通しているように理解しました。

 他の生物とは異なる、人間の特徴でもある『知性』『怨念』『予期不安』などによって、もがき苦しんでいるときは、この『今に心を向けていく』という手法は、非常に有益だと思います。

 ※『過去』でも『未来』でもなく、意識を『現在・今』に!

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